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79. 【萩焼】について改めて考えてみた ③‐1 応用芸術(御用窯)編

79. 【萩焼】について改めて考えてみた ③‐1 応用芸術(御用窯)編

こんにちは、のぶちかです。

今回は萩焼の「応用芸術」編をお送りします。

応用芸術とは?

絵画,彫刻などの純粋美術もしくは自由美術に対して,実用性,有用性をふまえた美術のこと。工芸美術全般,装飾美術,現代のデザインなどをいう。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「応用美術」

ポイントは、鑑賞のみが目的となるファインアートに比べて「実用・有用性」を伴った美術という事☝

前回の記事、78.ファインアート編に人間国宝の三輪休和氏、三輪寿雪氏を含めなかったのは、この「実用」の点が主体となる制作だったからですね。

「実用」で言うと、

抹茶碗を筆頭に花入、水指などの茶道具全般がこの「応用芸術」に属しますし、その他、「茶陶」を離れた大きな壺や花瓶なども属します。

作り手の構造整理

応用芸術と大衆芸術の区分

萩焼は毛利藩の御用窯として発祥している為、そうでない産地と比べると幾分構造が複雑になります。

ちなみにどちらかというと、

いわゆる「作家」を尊び、それ以外の「職人」や「個人」を格下扱いしてきたのも萩焼の特徴です。

京都では「職人」という言葉にある種の尊敬が込められている印象を持ちますが、萩焼の世界ではそれは違うという訳ですね☝

萩焼茶陶の隆盛期から衰退期

戦後、裏千家15代家元が「茶道を持って世界平和に貢献する」事を目的に国内外へ裏千家の普及活動をします。これに伴い茶道人口が増え、更に高度経済成長(昭和29年~48年)や萩焼初の人間国宝誕生(三輪休和 昭和45年)、加えて国鉄によるディスカバージャパンキャンペーン(萩に行く事、萩焼を買う事自体ががオシャレとされた)なども後押しし、萩焼は空前の人気焼物の地位を得ました。

また、茶陶で言えば

「一楽・二萩・三唐津」

「萩の七変化」

というあまりにも有名な言葉の出現により、萩焼は茶道家にとても重宝された経緯があります。

当時は茶道家も中産階級以上から富裕層が多い事に加え、家元制度及び百貨店の販売戦略のあり方が大きく茶陶作家(特に伝統窯)を支える機構となっていましたし、家元御用達の作家(家元からの書付をもらえるという意味で)以外の作り手もそこまで大きな恩恵を受ける事は無いながらも、お稽古用や生徒用としてのニーズを補完する役割を担いつつ、莫大な売り上げを誇った時代があったのです。

しかしその後の萩焼茶陶は、

有名ブランドだからこその茶道家からの所有率の高さ(感覚的には2巡はしてます)や、茶道人口減少、茶道機構のあり方等々が起因し、現代に至るまでそのニーズはゆっくりと確実に下降線を辿る様になります。

その他、一般に使う食器類においてもこれまでは萩焼の美点を指す意味として使われた「萩の七変化」が、時代の変化と共にデメリットとみなされる様になり、

現代に近付くにつれ、萩焼は茶陶、一般食器共に他の焼物に比して劣勢に立たされる様になりました。

一方で萩焼は産業とは見られながらもその活動は極めて個人的で、全ての個人がが劣勢という訳ではなく、個々の工夫と努力によってその状態は大きく異なる事も付け加えておきます。

毛利藩御用窯

先述の通り、毛利藩御用窯の一番の顧客は茶人です。

一楽・二萩・三唐津

という言葉が茶道界の中において優れた茶碗の順列や人気をイメージさせる事から、茶道界においての萩焼人気が高まりました。

また、茶道界ではお茶会のレベルによっては使用できるお道具(茶道具全般)は家元の書付(そのお道具の真贋の極め⦅箱書き⦆を家元によって記してもらう事)があるものに限られる事に加え、毛利藩御用窯は基本的にフリーパスで書付をもらえやすい立ち位置を確保(12代坂倉新兵衛氏の表千家内での尽力が功を奏したと言われています)していた為、更に萩焼ニーズは高まっていったのでした。

逆を言うと、

書付がもらえない(もらいにくい)産地や作家もいるという事で、その中で大いに優勢な立ち位置を歩めたのが毛利藩御用窯という事になります。

2巡の苦しみ

2巡に関しては私が家業での修業時代に肌感覚で感じた事なので正確ではないかもしれませんが、

萩焼茶陶は茶道界におけるそのニーズの高さ故、多くのお茶人により短期間で所有されていきました。その結果、いくら人気が高くても同じ焼物を何個も必要としない茶道界(欲しくて所有する場合・いくらでも買える方は別)では、既に所有している方にとってはニーズを失います。

例えば私の修業時代、

おばあさまの代から茶道をされてこられた家柄のお孫さんに某御用窯当代の茶碗を御提案した際、

「先代のをもう持ってる。しかも先代の方が格上(県指定無形文化財保持者)でしょ」

と言われた事があります。

つまり、

茶道家によっては作り手の代が違っても同じ萩焼茶椀なんだという事。

提案するこちらとすれば「当代のものはお持ちでないだろう」と考えるのですが、使う茶道家としては同じ萩焼茶椀。

そしてこの気付きを得たのが今から15年前。

不動人気だった萩焼に対し、私が初めて今後の不安を感じた瞬間でした。

茶道界のあり方の問題点

茶道の先生も全国各地、本当に色々な方を見てきました。

凛として聡明で品格が高く、見ているだけでこちらの背筋が伸びてしまう様な素晴らしい先生が茶道界には数多くおられます。

一方で、

お弟子さんへ権威主義的にふるまう方もおられました。

そのふるまいの問題点としては、

・家元へ向かう際にお弟子さんへも同行を強要する

・百貨店や道具商から勧められたお道具を自分の代わりにお弟子さんへ買わせる

・買わせたお道具をお弟子さんから借りて自分が茶会で使用する
※一度使用したお道具は数年はお蔵入りという暗黙のルールがあるので、買ったお弟子さん自体がそのお道具を公にする事ができなくなるという弊害を生みます

等々です。

つまり問題点を端的に言えば、

お弟子さんはお稽古をする上でとてつもない費用と時間が掛かってしまうという事と、それが最終的に茶道人口増加の足かせになっているという事なのです。

戦後の経済復興時であればお弟子さんにも先生以上の富裕層が存在したでしょうし、時間もお金も自由になる方が多い事からそれはそれで成立していたのですが、やはり時代の変遷とともにそうはいかなくなってきているのも事実です。

その中で昔ながらの悪習を続ける先生の門をくぐってしまったお弟子さん達は、ただ茶道を習いたかっただけなのにそのあり方についていけず、やめていく事になるのです。

萩焼茶陶は茶人が一番の顧客。

その茶人を取り巻く環境がこの様な状況だと、裾野は広がるどころか狭くなってしまいます。

また、茶道具や近現代工芸の値付けも戦後の経済復興に伴い非常に高価になっていきました。そしてブランド力が高ければ高いほど、一度上がったブランドを下げにくい事から、ニーズが衰えてもその値付けを崩す事が困難となり、売れないのに高価格というジレンマに陥っています。

毛利藩御用窯が年々苦戦を強いられているのは、以上の様な背景がると見ています。

展望

結論から言えば毛利藩御用窯の展望は・・・、

明るいです。

理由をあげていきます。

①400年以上の歴史からノウハウの蓄積が高い

②座学レベルが高い

③作家間ネットワークが強い

④顧客層に富裕層が多い

⑤ブランド力がある

以下、ひとつずつ説明していきます。

① 400年以上の歴史からノウハウの蓄積が高い
➡ これがなぜ有利か?それは作るというノウハウばかりでなく、歩留まりの向上やトラブルの発生時の対処法を無数に持っているから。 というのは、陶芸は生き物なので、それゆえに窯炊きはいつも同じ様に行ったつもりでも原因不明の不具合(焼き上げりの悪さ)が生じたりする事は日常茶飯事。とは言え、こなす回数に比例してそのノウハウは蓄積されていくので、独立したばかり、買ったばかり、作ったばかりの窯の癖をこれから掴んでいく人に比べると圧倒的に有利に立ちます。

② 座学レベルが高い
➡美術に関する基礎知識や専門知識が高いレベルで入っている事で、技術的に具現化する能力のみに長けている作り手に比べ、アウトプット(作品)に差がついてくる可能性が高いです。職人枠を超えて表現力が重要な領域では、やはり技術に加え造詣の深さも不可欠になってくるといえます。

③作家間ネットワークが強い
➡東京藝大や武蔵野美術大学等を卒業する例が多い毛利藩御用窯の作家は、陶芸のみならずその他ジャンルの優れた才能を持つ作家ともネットワークが強いです。それにより、高い次元での刺激の交換が起こりやすく、自らの創作にも良い影響を及ぼしやすくなります。アウトプットの連続となる芸術活動において、継続的で良質なインプットは重要事項。それを達成するにあたり、この作家間ネットワークの強さは大きな武器となり得ます。

④顧客層に富裕層が多い
➡茶道が「ハイカルチャー」に分類されその道具を作るのが茶陶作家なら、当然顧客に富裕層が多いのも自然な事であり、またそれが圧倒的有利な環境である事も言うまでもありません。

⑤ブランド力がある
➡ハイエンドなブランドは100年以上の歴史を持つものが多いです。その中で400年の歴史を持っている事は、それだけで大きな信頼とブランド力を持っていると言えます。アウトプットがいかに優れていても、一代では絶対になし得ない歴史が持つブランド力はやはり絶大です。

以上が展望の明るさを裏付ける根拠ですが、そう一筋縄にはいかないのも事実です。

なぜなら一番の顧客が茶人である以上、そのニーズが今後より減少していくのであれば、茶陶を続けるだけではやはり厳しいと言わざるを得ないからです。

しかし、

上記の強みの使い方を少し変換し、伝統に縛られ過ぎる事なく次世代にマッチできる部分を少しでも増やしていけるなら、可能性はかなり広がると考えられます。

制作環境的が劣勢な若手作家らと比べ、圧倒的に無いものが無い環境だからこそ可能にできる未来が毛利藩御用窯にはあるので、ルーツとなる茶陶は残しつつ新たな挑戦にも期待したいところです。

まとめ

萩焼茶陶の人気は多くの偶然と必然により誕生しました。しかし、その人気の状態(時代)が変容した今、作り手のみが変わらない状態では今後の萩焼茶陶の再興を期待する事は非常に困難と予想されます。

しかし、

毛利藩御用窯のみが持つ強みを最大限に活かし、伝統に縛られ過ぎる事なく次世代へ少しでも歩み寄る事ができれば、必ず未来は変わると考えています。