2019.6.1. ブログスタート! 

77. 【萩焼】について改めて考えてみた ①階層編

77. 【萩焼】について改めて考えてみた ①階層編

※本章では基本的な内容は割愛しております。

こんにちは、萩焼の町「萩」に住んでるのぶちかです。

さて今回も昨日に引き続き、アート関連の話題を。

昨日は「ファインアート(純粋芸術)」の境界が20世紀後半の四半世紀以降曖昧になってきている事から、時代と共に「工芸品」を「ファインアート」に内属する見方も出てきている事が分かりました。

しかし、

「意匠性が低く安価で実用的なもの」は「工芸品」ではなく「大量生産品」類に属するという事から、少なくとも陶芸品を一括りに「工芸品」とカテゴライズする事は誤りだという事も分かってきましたね。

では、

「萩焼って何だろう?」

と、今更ながらに思う訳です。

なぜなら萩焼には高級品もあれば安価なお土産も混在します。

このカオスに対して最近、「萩焼の定義」を聞かれるとなかなか一言で答える事が難しくなってきておりまして・・・(笑)。

そこでまずはジャンルの枠組みから整理してみます。

「ハイカルチャー(上位文化)」

「あくまで、 社会的な上位者である権力者・知識人が愛好する『文化』であることから、社会的に高い位置づけをされているだけであり、現実に創造力の具現としての価値が高いかどうかは別問題である。」
引用: ウィキペディア 「 ハイカルチャー 」

この図でから見ていくと、「美術他」の中に「茶道」があります。

萩焼のルーツは「茶陶(茶道具に使う抹茶茶碗他)」なので、雰囲気的には「茶陶」としての萩焼はこの「ハイカルチャー」に属すると言えそうですが、「茶道」それ自体の文化度や精神性と、その道具として使う「茶陶」を同列とみなすのはよく考えてみると乱暴な所がある気がするので、もう少し深掘ってみましょう☝


応用芸術・大衆芸術

次に「応用美術」・「大衆美術」というジャンルがあるのですが、 上の図の様にそれぞれが、「ファインアート」・「ハイアート」との対立概念になっています。

「応用芸術」に関してはその内容から鑑みると「工芸品」の性格とリンクする様にも見え、しかしその場合、「応用芸術(工芸品)」の中にも「ファインアート」に内属できる性格のものあるという解釈の存在からまた更にややこしさが増しますので、ここではひとまず「工芸品」は「応用美術」に統一して

「ファインアート」>「応用芸術」>「大衆芸術」

という、芸術性を軸とした序列で考えてみましょう☝

※「工芸品」はここでは分かりやすく「応用美術」として考えます。

各カテゴリー毎に萩焼の例を挙げると

「ファインアート」

➡龍気生(12代三輪休雪)、13代三輪休雪(三輪和彦)、三輪華子

「応用美術」

➡毛利藩御用窯、日本工芸会派及び日展系会派、無所属ながら卓越した技術・意匠を持つ作り手(公募展での受賞歴あり・数寄者や目利きからの高評価)

「大衆芸術」

➡萩焼メーカー、安価な雑器類制作者、実利を求めない趣味及び趣味の延長者


※「毛利藩御用窯」が「ファインアート」に入らない事に関しては賛否あると思いますが、あくまで制作物が「鑑賞のみ」という性格を持っているか否かで分けた事と、全体としても各作り手の主たる制作物がどこに帰属するかで分けています。

この3階層を見ると、「萩焼」をひとくくりで表現する事自体がそもそも難しかった事が分かりました。

まとめ

萩焼は「ファインアート」「応用美術」「大衆芸術」の3階層から成り立っている。

本日は以上です。

という事で次回は各階層に関する持論を展開します。